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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)596号 判決 1950年6月30日

被告人

丸山治郞

主文

原判決中公訴棄却の点を除き被告人に関する部分を破棄する。

右破棄に係る事件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人梅山実明の控訴趣意第一点について。

原判決によれば原審が論旨摘録の商工省纖維局作成名義の需要者割当証明書(以下割当公文書と略称)の販売契約の事実を認定し該事実は不当高価販売契約禁止の規定に該当すると判断したこと及び本件割当公文書を偽造のものと認定したことは正に論旨の通りである。

而して不当高価の概念は当然に適正価格の概念を前提とするものであり且つ公正価格の存しない物資であつてもその不当に高価な価格の跳梁を放任するときは勢い価格統制の中核をなす公定価格の体糸を崩壞せしむるに到る虞があり不当高価販売契約禁止はその根底において公定価格の維持と密接な関連を有するところ不当高価と判定するについての基準なる適正価格とは一般価格制度を紊さない範囲において公定価格を定めてない物資に認めらるべき相当な取引価格であつて当該物資の生産費その他及び公定価格一般を斟酌して合理的に算出さるべきでありその同種若くは類似の物資に公定価格のある場合や又はその適正価格が判明している場合の如きは一応その公定価格なりその適正価格を一応問題の物資の適正価格として差支えない即ち適正価格についてもその数額の正確なことに越したことはないが不当高価という場合は公定価格超過のように必ずしも数字的には嚴格な概念でなく社会常識上その適正価格を超ゆる程度が甚しいと認められる場合であるからその適正価格も精密に算出されなくてもその概算的数字を得ればこれを基準としてその現実の取引価格の不当高価なるか否かが判定し得られないことがないのである。

そこで割当公文書なるものはこれと引換えに一定の価格を支払うてそれに表示されている纖維品を受取り得ベき権利を化体している有価証劵の性質を有するものと認められるが本件の割当公文書は偽造のものであり眞正なものと同一視することは許されないが特にそれが功妙に偽造されている場合の如きは現実に眞正なものとして取扱われそれと引換えに一定の価格を支払いそれに表示されている纖維品を受領し得る可能性があるから現実の取引における関係においては一応眞正なものに類似するものとなさざるを得ないのであり偽造割当公文書自体について直接その適正価格を算出するということは事の性質上殆んど不可能に近いのであるからその類似のものと認められる眞正な割当公文書の適正価格を探究する外はない、然るところその取引が法律上許容せられるか否かは別論として経済的に観察すれば眞正な割当公文書が現実に取引せられるべき価格はそれと引換えに受取り得る纖維品を現実に処分して得られる価格(公定価格と限らない)からその纖維品を受取るときに現実に支払わるべき価格を控除した差額の範囲内と考えられる、蓋しその範囲を超ゆるときは割当公文書譲受人側の損失となることが明瞭であるから普通右の差額を超ゆる価格においては取引せられぬと認められるからである。そこで右の現実取引価格を不当であるか否かを判定すべき適正価格については襄に述べたように公定価格の体糸を紊さずこれに順応する立場において当該纖維品を割当公文書によつて受領する際に支払わるべき価格を夫々当該纖維品の公定価格乃至これに準ずべき価格に換算して以て生ずる差額の範囲内とせねばならぬのであり偽造割当公文書の適正価格はそのもの自体から算出することは困難にしても眞正な割当公文書のそれ以上ではあり得ないのであるから本件においてその取引価格が右の算出による眞正な割当公文書の適正価格の限度を不当に超過しておれば即ち本件取引が不当高価販売契約であることは明らかであるとせねばならない。

従つて論旨が本件の取引の対象が偽造割当公文書であつて取引価格のない単なる一片の紙でありそれが偶々具体的取引において如何に高価な価格が附せられても一般の価格統制に影響がないのであつて不当高価販売契約禁止規定に該当すべきものでないとするのは偽造割当公文書であつても眞正なものとして流通しその表示する纖維品を入手せしめる可能性があり且つその不当な価格は当然にその纖維品の価格に不当な作用を及ぼすべき経済的実情を無視した形式的な法律論であつて採用し難く又原審が本件取引を不当高価販売契約禁止規定に該当するものとしつつも偽造割当公文書は法律上取引が認められないからその適正価格は零であるとするのは経済に対する統制がその流通面と価格面とにおいて行われ且つその価格面における統制即ち公定価格超過の価格の授受、契約等の禁止、不当高価販売契約禁止、暴利行為の禁止等についてはその物資の取引流通自体法の保護を受け得ないものを除外する明文もないし又かかる場合でもその価格を取締の対象としないときは一般価格の統制を充分に確保し得ない関係上その物資の取引流通自体が法の保護を受けられないか否か又はその取引流通自体が処罰の対象となるか否かを問わないこと及び現実に経済的取引がなされる以上その価格が相当なものか否かについての批判の基準たる価格がなければならないことを顧みない誤をしたものでありその適正価格を零と断じながらも敢えて本件取引を不当高価販売契約であると認めるのは明らかに論理的矛盾を冒かしたものといわざるを得ないのであつて宜しくその適正価格を探究して以て本件取引の価格がそれを不当に超過することを認定すべきであつたのに原審はこれをなさずして本件取引を不当高価販売契約としこれを有罪と認定したのは審理不盡理由不備の違法がありその余の論旨に触れる迄もなく既に確定した公訴棄却の点を除いて原判決中被告人に関する部分は刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七条によつて破棄を免れず且つ右のように原審の審理は不充分であつて尚これを盡す必要があり当審において直に判決し得ないから同法第四百条本文に則つてその破棄に係る部分はこれを原審名古屋地方裁判所に差し戻さねばならない。

更に職権を以て調査するに。

本件記録によれば被告人は昭和二十四年五月三十一日附の起訴状(以下前の起訴状と略称)を以て被告人は原審相被告人田中喜雄と共謀の上法定の除外事由がないのに拘らず営利の目的を以て昭和二十三年十二月末頃から同二十四年三月初頃迄の間東京都千代田区九段二丁目十七番地の二久保田耕智方において同人に対し偽造割当公文書四通を又園部鉄男こと池恩述に対し偽造割当公文書八通を不当に高価な代金二百七万千百二十円にて販売しその頃右代金として百六十万五千百二十円を受領したとの事実を更に昭和二十四年六月二十九日附起訴状(以下後の起訴状と略称)を以て被告人が

その(一)として行使の目的を以て昭和二十三年八月頃東京都豊島区巣鴨七丁目千七百六十六番地大提灯こと伊藤もよ方において曩に入手しておいた証明書用紙に印章を使用して各所要事項を記載し且つ所要の印影を顯出して擅に商工省纖維局作成名義の割当公文書六通を偽造し其の頃東京都内において氏名不詳者に交付行使したとの事実。その(二)として行使の目的を以て昭和二十三年一月初頃東京都において証明用紙に擅に所要事項を記載し且つ所要印影を顯出して商工省纖維局作成名義の割当公文書五通を偽造したとの事実。

その(三)として被告人に対する昭和二十四年五月三十一日附起訴状記載の如く久保田耕智に偽造公文書四通を売却交付した外法定の除外事由なく営利の目的を以て同二十四年一月七日頃前示久保田耕智方において谷正義を通して久保田耕智に対し偽造割当公文書一通を正当の取引でなく且つ全く無価値なるに拘らず不当に高価なる一ヤール二十円の割合で合計四十万円にて売渡す契約をなして同人に交付行使し前記四通分と併せ内金として合計百三十二万四千円を受領したとの事実。

その(四)として行使の目的を以て昭和二十三年十二月中頃東京都新宿区角筈一丁目七百三十六番地武藏屋こと木崎茂方において証明用紙に擅に所要事項を記載し且つ所要印影を顯出せしめて商工省纖維局作成名義の割当公文書二十八通を偽造したとの事実

その(五)として被告人に対する昭和二十四年五月三十一日附起訴状記載の如く右割当公文書八通を園部鉄男こと池恩述に対し売却交付行使した外法定の除外事由がなきに拘らず営利の目的を以て昭和二十三年十二月中頃より同二十四年三月五日頃迄の間東京都新宿区三丁目附近路上等において原審相被告人田中喜雄を通じ右池恩述に対し右偽造割当公文書を正常の取引でなく且つ全く無価値なるに拘らず不当に高価なる一ヤール二十円の割で合計金五百二十八万九千百円にて譲渡する契約をなし右偽造割当公文書を交付行使し其の頃前記八通分を含めたものの内金として金百七十万円を受領し且つ現物化し得なかつた十五通の返却を受けたとの事実。

について夫々起訴されたところ原審は前の起訴状によつて既に久保田耕智に売却された偽造割当公文書四通、池恩述に売却された偽述割当公文書八通についてはその物価統制令違反の事実と共にその割当公文書の偽造並びにその行使の事実も起訴せられており且つ後の起訴状を以て前の起訴状の事実が起訴されているから該事実は二重に起訴された違法があるとして該事実については前の起訴状の関係において有罪と認定し後の起訴状の関係においてはその事実に対する公訴を棄却したことが明らかである然しながら右は原審の誤解に基くものであつて前の起訴状においてはその記載自体において明らかなように単に偽造の割当公文書を不当に高価に販売しその代金を受取つた事実のみが掲記されているのでありその割当公文書を行使の目的を以て偽造したこと並びにこれを眞正なものとして流通に置いた事実には触れていないし又後の起訴状のその(三)及びその(五)において「昭和二十四年五月三十一日附起訴状記載の如く右割当公文書四通を久保田耕智に交付行使し若くは右割当公文書八通を池恩述に売却交付行使したる外云々」と記載してあるのは前の起訴状の記載を引用して再度これを起訴する趣旨でなく追起訴事実との関連を明らかならしめる為の記載にすぎないことも明瞭である。又原判決によれば原審は割当公文書偽造罪と牽連一罪の関係にある偽造割当公文書行使罪とその不当高価販売契約罪とを以て一個の行為にして数個の罪名に触れるものとなし従つて結局以上三者は手続法上の一罪に帰するものとする結果前の起訴状における偽造割当公文書の不当高価販売契約の事実に対する起訴の効力は当然にその割当公文書偽造並びに同行使に及ぶと解したとも認められるが偽造割当公文書の行使即ち交付はその不当高価販売契約に基く履行行為であつてその債権行為たる契約自体とその契約の履行として行われるその目的物の交付とは明らかに区別されねばならぬのであり仮令両行為が場所的に又時間的に近接していても飽く迄別個の行為であつてこれを一個の行為とすることは許されずその不当高価販売契約に対する起訴の効力はその偽造並びに行使に対してその効力を及ぼし得ない(尤も本件においてその行使の結果牽連的に詐欺罪の成立が認定されておればこれと不当高価販売契約罪とは一個の行為にして数個の罪名に触れ延いては偽造並びに行使とも一個の行為となるかも知れないが詐欺罪の成立が認定されていない本件としては一応その成立がないものとして取扱わざるを得ない)

従つて久保田耕智に交付された四通、池恩述に交付された八通の偽造割当公文書についてのその偽造並びに行使及びこれに関係する物価統制令違反の各事實は適法な起訴であるのに拘らず原審が二重起訴としたのは起訴状の解釈を誤つたか法令の解釈を誤つたものでありその誤の結果単一の起訴事実に対し一方ではこれを有罪とし他方では該事実の公訴手続は不適法として棄却するに到つたものでその判決は理由にくいちがいがありこの点においても原判決中公訴棄却の点を除いて被告人に関する部分は刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七条によつて破棄を免れない。

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